『セリアの光』 36

 ティアラたちが光とセリアを気にしていたのとちょうど同じ頃、大講堂の裏で一人、空を見上げている少年がいた。広場の明かりや騒音も、大講堂が大きな壁となり、ここまでは届いてこない。賑やかなお祭りとは全く無縁なこの場所で、少年もまたあることに思いをはせていた。

「……姉さん…………」

 幼い声は震えていた。 

 両親は少年が幼い頃すでに他界していた。父、母ともにナダリアであった少年の両親は殉職(じゅんしょく)していたのだ。戦争によって死んだのではない。カルベリアの北部にあるユーズリンでドラゴンの討伐にあたっていた時、亡くなったのだ。
 このドラゴンを討伐するために、国は十人からなる小隊を五つ寄せ集めて一つの連隊を編成し、国王軍の中でもかなり高い地位にあった少年の父親を連隊長に任命した。一個連隊ともなれば当然作戦を立てるための有能な参謀も配属される。たかが数匹のドラゴンのために五十人ものナダリアを送ったのは、ドラゴンの討伐だけでなく、その後のユーズリンの復旧作業もこの一個連隊に任せるためだったのだ。この一個連隊がユーズリンに到着し、彼らがドラゴンの偵察を自らの足で行った際、参謀は一日の猶予が欲しいと国側に報告した。ユーズリンからの被害状況を伝えられていただけのこの一個連隊並びに国側は、ただ荒れ狂うドラゴンを討伐し、その後、復興支援に当たればいいだけだと考えていた。ただその被害状況の規模からドラゴンの大きさと数を想像し、わざわざ連隊を組んでまで現地に赴かせたのである。国民の被害を一日でも早く解消したい国側は、参謀による猶予の懇願を拒否した。
 参謀が一日の猶予を懇願したのにはもちろん理由があった。参謀が企てた当初の計画は、連隊長を含む二つの小隊がドラゴンの討伐に当たり、残りの小隊のうち二つの小隊が建物などの復旧作業、残った一つの小隊が食糧補給のラインや市民の生活を援助する、という任務を同時に進行するというものだった。討伐に関わる細かな作戦など立てる必要がないと高をくくっていたこの参謀は、現地に赴くや否やその計画を根本から変更せねばならぬという現実に直面した。簡潔に言うならば、彼らの想像をはるかに上回るドラゴンがそこにいたのである。
 大きさや数の問題ではない。ドラゴンの種類である。彼らが目にしたのは、ラビ種、と呼ばれるドラゴンだった。ドラゴンの種族を記した書物には例外なくラビ種と言うドラゴンが記載されているのだが、おそらくカルベリア国民並びに兵士がこのドラゴンの実物を目にしたのはこれが初めてであっただろう。書物にはこう記してある、ドラゴン科の最頂点を成し、人間と同等の頭脳を持ち、言語を操る、気性は人間のそれと同じく個体によって異なるがみな魔法を使う、と。
 ラビ種が人間に勝る文明を持ち得なかったのは、その大きさと、器用な手先をもたなかったという二点のみによるのかもしれない。とにかく現地に送られた連隊にとって、このドラゴンの存在は想定外以外の何物でもなかった。それゆえ参謀は作戦の変更を練るための時間が欲しかったのである。
連隊長である少年の父親も交えて猶予の懇願を行ったのだが、国側は最後まで首を縦に振らなかった。これには少年の父親が連隊長を務めていたということも一要因に入るのだろう。それほどまでに少年の父親は腕利きのナダリアだったのだ。
 しかし結果は悲惨なものだった。ほぼ全滅である。かろうじで数人が帰還したにすぎなかった。五十人ものナダリアがたった数匹のドラゴンに壊滅させられてしまったのである。国側はラビ種の恐ろしさに絶句したが、この連隊を破ったドラゴンは暴れ疲れたのか、間もなく隣国デミニアの奥地へと消えていった。それきり姿を現していない。
 少年の父親は自らが先頭に立ち、兵の士気や戦局を操るのを自分のスタイルとしていた。それが災いして二度と少年の元へと戻ることはなかった。さらに運の悪いことに、少年の母親もまたこの連隊に選抜されていたのである。彼女もまた少年の元へと戻ることはなかった。
 
 少年はこの話を姉から聞かされた。

 初めてこの話を聞かされた時はほとんど意味が分からなかったから、「いっこれんたい、って何?」とよく姉に聞いて回ったものである。しかし何度も聞かされているうちに、その内容が実像を浮かべて想像できるくらいはっきりしたものになっていた。
 両親の顔すら覚えていない少年にとって、姉がすべてだった。姉がいたからここまで生きてこられたし、寂しさを感じることもなかった。少年には歳の離れた兄もいるそうなのだが、少年が生まれる前に消息を絶っていた。だから、家族と呼べるのはたった一人、姉しかいなかった。

テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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