『ユメクイ』 28



「よっしゃ。白が多数で俺の勝ちだ」
「うぅぅ、ユウユウ強いです」
「いや、俺は人並だ」
「うぅぅ」
 俺と夕渚は部室でオセロをしていた。とは言っても、前回のように上級者オセロをしていたわけではなく、ごく普通のオセロ盤を使って遊んでいた。
 当然のことながら、部室の中で俺と夕渚の二人っきりシーンが許されるはずもなく、いつものように暇な青春を送ってるメンツがそろって遊び呆けているのだった。どうしてみんなこんなにもこの部室に集まりたがるんだろうねえ。俺も人のこと言えないんだけど。
 若干の違いを挙げるとすれば、ハイと雪女がまだ来ていないという点くらいだろう。
「孝司、お前球技大会は何グループなんだ?」
「Bグループ。立也も同じ班。お前は?」
「俺はAグループ。たぶん決勝トーナメントに行かない限りは当たらないな。そう言えばお前らどんな衣装着るんだよ?」
「まだ決めてない。そっちは?」
「俺たちはクラスでおそろいのTシャツ着るくらいかな」
「Tシャツだけだと?お前はそれでいいのか?お前の人生それでいいのか?」
「べつにウケとか狙ってないし。バレー勝負でいくぜ」
 礼二はどこぞのスポーツ少年のようにばっちりグーサインを決め込んでいた。礼二は長沢や夕渚と同じクラスだ。ということは、長沢と夕渚もクラスおそろのTシャツを着るだけで、何の仮装もしないということではないか。二人の非日常的な衣を身にまとった姿を少しばかり期待していた俺は、その少しの期待に似つかわしくないくらいの大ダメージを受けていた。
 オセロに負けてぐったりしている夕渚と同じように、俺もだら〜んと無気力状態を体全体で表現していると、
「待たせたね諸君。来週の大一番に向けて、我々の戦闘態勢は整った!」
 何の文脈もなくいきなり登場するこの先輩に誰か注意をしてやってくれ。歳の差とか関係なくさ。急に大声張り上げて現れるのだけは勘弁してもらいたいもんだ。後ろからスッと影のように現れる雪女も、あれはあれでどうかと思うけど。いっそのことこの二人を足して二で割っちゃおうか?いや、ダメだ。性格どうのこうのより性別不明になってしまう。
「え?球技大会って部活とかの団体は関係ないんじゃないんですか?」
 時音の言う通りだ。いったい何の準備を整えてきたんだこのお二人は。
「決まっているではないか。我ら『おフロ研究会』は日進月歩で着々と会員数を増やしてきた。そして今や、部活として我らのキャリアをステップアップするべく、より一層の会員数を必要としている」
 たぶん人数だけで部活とそれ以外を区別してるわけじゃないと思うんですが。その、活動内容をもっと充実させましょうよ。
 と、まあ俺の心のぼやきが聞こえてる筈もなく、
「これは絶好の機会なのだよ時音くん。球技大会の場を借りて我ら『おフロ研究会』の存在をアピールできるまたとない機会なのだよ」
 世界征服をたくらむ宇宙人の首領が決して叶わない欲望の妄想を膨らませて、大きく両手を掲げているような感じで、ハイは語っていた。
「そこで用意したのが」
 雪女が広げた紙袋からハイはもぞもぞと何かを取り出し、未開の先住民たちに文明の利器を見せびらかす啓蒙家のように雄弁に告げた。
「このリストバンドなのだ!」
 小さいよ!字小さいから遠くから見えませんよ!
「我ながら力作だと思う」
 ハイは、うんうん、と頷きながら、その力作を自らの腕に装着していた。
 雪女から渡された宣伝用リストバンドには『おフロ研究会』という刺繍がほどこされてあるものの、そもそもリストバンド自体がそれほど大きなものではないからして、宣伝効果はあまりなさそうだ。しかし、球技大会にリストバンドというのはファッション的にはなんら違和感がないので、当日これを付けることに対する嫌悪感というのは全くなかった。
 せっかく渡されたのだから、もらったその場で腕にはめるというのがこの場の自然な流れであり、その流れに逆らおうとする鮭(さけ)みたいなやつはあいにくこの部屋には一人もおらず、『おフロ研究会』メンバーおそろの共通ファッションが今ここに確立されたのであった。
「なかなかいいわね」
「うん。球技大会って感じだね」
 というのが時音と長沢の感想で、
「うむ。鼻水拭くのにちょうどいいな」
 これはユメの感想だ。
 夕渚は何だかうっとりした表情でリストバンドを見つめていた。よほどうれしかったのか、すりすりと頬ずりまでして、「ほわぁぁ」 とか言いながら危ない世界に浸っている。
「孝司」
 肩を叩いてきたのは立也でして。
「このリストバンドを生かした衣装にしよう」
「例えば?」
「テニスウェアとかはどうだ?こう、スカートをヒラヒラッと」
「何で女子なんだよ!」
「男子ウェアだといたって普通な格好になってしまうだろ」
「却下だ」
 明日からの衣装会議は変な方向に走らないように注意が必要だな、なんて思っていると、
「一年男子」
 背中がゾクッとするような冷たい声が俺たちをお呼びだった。
「あなたたちにはそのリストバンドに加えてこれもつけてもらいます」
 渡されたのはハチマキだ。
「『おフロ研究会』を宣伝しているからにはしっかり勝ち進んでもらわなくては困ります。負けてばかりでは逆にイメージダウンになりますから。だから、それを巻いて気合いを入れてから試合に臨みなさい」
 いろいろ理屈をこねているけど、ようは俺たちに頑張ってくれっていうメッセージなんだろ?意外とこの先輩にも可愛いところがあるようだ。礼二にいたっては感動のあまり昇天しちゃってますよ。そりゃあ、大好きな先輩から「がんばってね」っていう思いの詰まったプレゼントをもらったらこうなるのも当然なのかもな。
 いったいどんなメッセージが込められているんだろうと、昇天している一名を除いて、俺と立也でハチマキを広げてみると、
「…………」
「…………」
 二人して絶句。ハイがどこかよそよそしげな表情をしている理由がすぐにわかった。
 書かれていた言葉はと言いますと、
『男はエロス』
 ハチマキの中心では堂々とエロスがその字面を主張していた。いったいこの先輩、どこまでが本気なんだろう。
「がんばりなさい」
 雪女は無邪気な子供たちにプレゼントを渡し終えたサンタクロースみたいに満足げな表情を浮かべている。
 おそらく俺たちにこのハチマキを巻かないという選択肢は残されていない。どこからどう見ても、どの角度から光に透かしてみても、『男はエロス』 というメッセージは雪女の手書きなのである。これを巻いてこなかった日には、俺たちは、氷河に埋まっているマンモスと同じ末路をたどらなければならないこと必至である。
 どうせつけたらつけたで周りの冷ややかな視線に耐えなければならないわけだが、氷柱(つらら)につつかれるのと冷凍保存されるのとどちらが嫌かと言えば、生命的危機を伴う後者の方が嫌なわけで、来週待ち受けている公開辱めの光景を想像して、俺と立也はブルブル震えているのであった。
 なんだかもう、いろんな意味で寒いです。



テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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